2021年03月11日

目利き

「目利き」という言葉,あるいは存在は若い人にとってはなんか古臭い,ひと昔前のアナログな存在といった印象を持つかもしれない.
しかし価値が多様化し,スピードが求められる今の研究・開発にこそこの「目利き」の重要性が増してくると考える.
目利きの一般的な意味は辞書で調べて欲しい.私が考える目利きの役割,条件は以下の3つである.
@ある技術領域に精通しており,関連するテーマ,事象の価値を判断できる(する)
A精通している技術領域のトレンド等の分析により,将来予測ができ,新しいテーマを提案できる(する)
B直接知らない技術領域でも(自身の中で一般化された考え等により),関連するテーマ,事象の価値を推定(判断)できる(する)
一般的には@を目利きの役割・条件として理解される場合が多いであろう.しかし,それを次のステップに積極的に移す役割Aも担うべきである.そしてBについて・・・
ステージゲートなどで研究フェーズを管理する場合,その研究テーマの進捗状況と価値から次のフェーズに進めるべきかどうかの判断が求められる.フェーズ判断においてはこれまたよくあるケースで,研究が生み出す,あるいは獲得できる市場規模(金額)が求められるが,その研究テーマが全く新しい価値を生み,既存市場がない場合,判断する人はほんとうにその研究の「スジ」の良し悪しが判断できるだろうか.このように自分の専門外,既存市場がない領域での研究の価値判断を期待されるのが(できるのが)目利きである.それまでの経験等からの[勘][嗅覚]と表現すべきか,ある程度の高い確率でその判断をしなければならず,できるのが「目利き」である.
かつて社内で目利きの発掘,活用について幾度と提言をしてきたが,残念ながら実現されたことはない.それが会社を辞める1年前,突如研究全体を統括する組織のあるイベントで,「目利き」制度を具現化する,という話が紹介された.ある程度は期待をしてその内容を聞いて唖然としてしまった.10余りの技術領域で「目利き」として紹介された人々は(全員を知っていたわけではないが),いわゆるその技術領域に良くアクセスしている,担当者であり,上記条件@にさえ該当していなかった.その後会社を辞めるまでその目利き制度についての話題や活動はいっさい聞いたことがなかったのは,単に施策の目玉としてぶちまけただけなのか,設置したものの実際に機能しなかったのか,はたまた目利きの意味を知らずに提案しただけなのかはわからないし,会社を辞めた現在の状況はなおわからない.しかし新しい事業創出に苦戦してきたこの会社の過去は,残念ながら今後も続きそうな予感がしている.
posted by インクジェット at 14:11| Comment(0) | Technology

2021年03月07日

医薬品と特許

今日は少し難しく,意見の分かれる話題を取り上げてみようと思う.
医薬品における特許の在り方である.
医療行為(手術や治療行為)については,見直しの要請があるものの現在でも特許の対象としない運用が一般的には行われている.
医薬品に関しては当然特許の対象であるが,時として(特に高額な医薬品に対しては),特許のあり方に対する意見が分かれるケースがあり,昨今の新型コロナウィルスに対するワクチンや,エイズ治療薬に対しては,「特許を認めるべき(特許を使う場合は相当の使用料を支払うべき)」と,「認めるべきではない(例外的に侵害を認めるべき)」というように意見が分かれた議論が高まっている.
「特許を認めるべき」という主張の骨子は,特許(特に独占的使用権)を認めなければ,莫大な投資をして新薬を開発するモチベーションがなくなり(営利企業の存在理由がなくなり),ひいては人類の健康に対する寄与ができなくということを言っていると思う.
一方,侵害を例外的に許すべき(特許を認めないのではなく,侵害を認めるという意見が多い)立場は,途上国の人々は(投資の回収額が上乗せられた)高額なオリジナルな医薬品は購入できないし,別な会社が製造するにしても高額な特許使用料を払えば医薬品も高額にならざるを得ない.だから特許侵害を例外的に認め,安く販売すべきだということを主張していると思う.
どちらの主張の骨子も理解できるので,法律上ということではなく,私の考えとしてはどちらか一方が正しく,どちらか一方が間違いとも言えない.
この意見対立の難しさを示す過去の事例として,フレミングがペニシリンの特許を取らなかったのは,広く普及させたいという考えに沿ったものだが,結果的には営利の見込みがなく,製造する企業がなかなか現れず普及が遅れたという歴史もある.
今のマスメディアの報道から伝わってくる議論は,どちらか一方の主張の可否を問うガチな議論のみで,たとえどちらかの主張に沿った結果になっても,両方の主張の骨子を満たすことはできない.
そこで私の意見は以下の通りである.そもそも特許法は「独占的に使用する」側面ばかり注目されるが,本来は「産業の発展」が目的であり,私は特許法の主旨について「発明内容を産業発展のために公開しなさい.その代わり一定期間の独占を認めます」と理解している.この理解に基づけば,いかなる侵害に対しても例外を認めてはいけない.そこで,相当の特許使用料を政府や国際機関(WHO等)が発明した会社に支払い,そして別の会社に譲渡して安く製造させれば(再生産品)良い.このやり方であれば製薬会社も,途上国での低価格化も両方の主張を満たせるのではないか.
ただしここでも問題はある.では,オリジナルな高額な薬を誰が買うのか.先進国であっても安い製薬を求めるだろう.製薬会社には特許使用料は入るかもしれないが,自社の薬は売れなくなる.
再生産の医薬は途上国でしか売れないようにし,先進国の人は途上国の人への貢献として高いオリジナルを買うしかないだろう.しかし,先進国にも貧困の問題はある.単に国で線引きすれば解決するものではない.私の意見もまだ問題を抱えているが,少なくとも現在行われている国で堺を引いた問題は解決できるのではないか.国内の貧困の差は特許法の議論ではなく,行政の課題として扱うべきではないだろうか.
みなさんはどう思われるだろうか.
posted by インクジェット at 11:47| Comment(0) | 標準化と特許

2021年03月05日

Siphon Recorder

文献(論文,記事)や特許を読むことは,技術の幅を広げ,深めるために当然必要な行為である.
ホームページに公開しているインクジェット関連の保有文献数は3000あまりだが,掲載してないものを含めれば4000近い文献を保有している.すべて読んでいるわけではないが,面白いと思った文献は必ず手元に置くようにしている.
保有している文献や特許はネットで検索しダウンロードできるものも多いが,今ではなかなか入手できないものもある.こういったものもいつか改めて紹介したいと思う.
今回は,苦労して入手した古いインクジェットに関する写真についての話.
2008年に書籍「インクジェット」を監修,執筆した際,インクジェットの歴史を書く必要があり,歴史において重要なプリンタの写真を掲載したいと思った.(この時考えたインクジェットの定義に基づく)世界初のインクジェットプリンタとしているVideojetは幸いカタログを持っていたが,他の文献などで世界初と書かれることもあるKelvinのSiphon RecorderとElmqvistのMingographの写真をどうしても掲載したかった.
もちろん当時でもネットで検索すればこれらと思われる写真は見つかったが,書籍に掲載するには著作権をクリアする必要があり,ネットの写真をそのまま載せるわけにはいかなかった.
そんな中,ネットで見つけたSiphon Recorderの写真にHunterian Museum(@Glasgow)に展示されているものがあり,撮影者のメールアドレスが記載されているサイトがあった.すぐにこの撮影者にメールを書き,書籍を出版するので掲載させて欲しいと依頼した.届くかどうか,返事が来るかどうかも半信半疑であったが,幸いにもしばらくして掲載OKの返事が来た.Siphon Recorderは多くの改良型があり,書籍に掲載した写真は一番最初のものではないが,念願の写真を掲載することができた.後日撮影者には学会誌に掲載した解説記事を送った.
Mingographのネットでの写真は撮影者や写真の所有者を探し当てることができなかった.そこで開発者のElmqvistがSiemensにいたことから,Siemensの日本支社にメールを書いて事情を説明したところ,親切にもSiemens本社を紹介してくれたのか,本社に問い合わせてくれたのか今となっては覚えていないが,当時のカタログのコピーを送ってくれ,写真の掲載も許諾してくれた.
これはたまたま成功した例だが,実は同じような試みは失敗の方が多かった.いずれにしてもインクジェットの歴史を自分なりにきちんとまとめたいと思っていた時に,書籍を監修する良いチャンスを得たので,なんとかしたいという熱意は非常に高かった.もちろん書籍に書いた歴史は,写真以外もきちんとした証跡に基づく必要があり,相当量の文献や特許を読んだ.これらも今,保有している貴重な財産である.
もっかの悩みはこういった貴重な資料(インクジェット黎明期の古いカタログも多くある)をどうやって次の世代に引き継いでいこうかということである.
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2021年02月17日

AMC名古屋

エレファンテックのAMC(Additive Manufacturing Center)名古屋が始動し,縁あって本日11:00から行われたオンラインの記者会見に参加させていただきました.
インクジェット(+Cuメッキによるピュアアディテブ法)によるFPCの本格量産に乗り出したということは,DF含むインクジェットの応用展開を長年進めてきたものとして,"とうとう日本でも始まったか"と感慨深いものがありました.M化学やSE社,AMC名古屋設立への重要なパートナーも,これまで自らDFへの応用に取り組んでいたとは思いますが,なかなか進まずというか市場も広がらずじくじしたものがあり,エレファンテックの勢いというか切込みの方の巧みさ,もちろんピュアアデティブ法という優れた技術もあり,今だ,と思って一緒にやろうと思ってくれたのではないでしょうか.
記者会見の中でエレファンテックの清水社長がAMC名古屋ヘの期待として話されていた,
@製法ライセンス供与含めた世界のマザー工場となるべくというビジョン,Aインクジェットイノベーションセンターを目指すという力強い意思,さらにB大企業とスタートアップの共創実証拠点を目指すという狙いに大いに期待したいと思います.
Bに関し,清水社長が言われた「大企業の持つ"当たりまえ"の技術,K/Hの伝承は,スタートアップにとって大きな価値になる」,これは私がPrint4Fab2017の基調講演やICJ2018特別講演で話した言葉そのものです.清水社長が私の講演を聞かれたのではないかと思うくらい全く同じ事を言われていました.当時,私は大企業側への提言としてこの話をし,inkcube.orgやインクジェット技術交流会を設立したのですが,スタートアップ側からも全く同じことを言われ,自分の考えが間違っていなかったと改めて感じた記者会見でした.もちろんinkcube.orgも技術交流会も今回の件に貢献しているわけではありませんが,私の活動が将来こういった大きな成果に結びつくような貢献になればと願っています.
ただAのインクジェットイノベーション拠点はちょっと言い過ぎかな,とも思います.いや言い過ぎで良いのですが,そのためにはもっと別な切り口や取り組みを仕掛けて欲しいと思います.正直,ここはまだ欧州の方が視点が高いと思いますし,見習って欲しいと思います.
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2021年02月11日

昔話(2)

サラリーマンなら誰もが感じることかもしれないが,会社時代,私は上司とそりが合ったことがないし,大きなケンカもした.それが出世できなかった理由の1つだと思うのは,これもよくあるサラリーマンの勘違いなのかもしれないが...
昨日書いた商品とは異なる市場向けの自社製品を開発するにあたり,会社としても力を入れ期待した証かもしれないが開発部は営業部も新設した事業部になり,別の部署から知らない事業部長が着任した.インクジェットではない他の商品では実績を残したやり手の事業部長だったらしい.
それまでの彼の成功体験なのかもしれないが,直観(直感)を大事にし,それをとことん尊重する人のようだった.着任当初は私もその直感にはまったのか,随分重宝されていたと思うが,あることで大げんかをしてその後,随分不遇をしいられたと思う.
今日はその話ではなく,私が中心に進めていたヘッド開発(方向)から大きく飛躍したヘッドを提案させる,というので事業部長がヘッドチームから若手を選抜し事業部長直轄のBタスクを発足させた.そしてそのリーダーには(ヘッドチームからの干渉をなくすため)ヘッドとは全く無関係の管理職を充てた.
こういう仕掛けは別に悪いことではないし,新しいことを提案させるために,従来の組織から切り離すというのはイノベーションの常とう手段である.しかし問題だったのは,あまりにヘッドの知識をもたず,タスクの提案内容の’スジ’の良し悪しを判断できない人をリーダーに据えたことか.タスクの活動期間,検討内容はヘッドチームにも共有されなかった(これもよくあるケースで,干渉を防ぐためには悪い事ではない).
さて,6か月後,タスクから提案されたのは具体的な施策はなく,@ノズル表面処理レス,Aメンテナンスレス,Bヒートシンクレス,だった.もちろん大胆な提案に事業部長は喜び,この3つを進行中の商品にも採用すると言い出し,これを実現するためにタスクメンバーはその後も具体的な検討に進んだ.
確かに当時,新しい商品向けに開発していたヘッドのプロトタイプは巨大なヒートシンクを持っていたが最適化していたわけではなく,とりあえずあるものを付けていたのであり,それをさらに小さくすることは方向としては間違ってはいなかった.が,きちんとエネルギー収支を考えて最適化する必要があるし,ヘッドチームとしてはヘッドの製造プロセスを大きく変える予定があり,その後最適化するつもりであった.が,その後@Aは当然実現できるわけはなく,Bのみタスクメンバーは小さなヒートシンクを設計し,それが最終製品まで採用されるという悲劇が生まれてしまった.
実はその当時,発熱体基板の製造を自社で保有していたNMOSのプロセスから,パートナーのCMOSプロセスに切り替える予定があった.残念なことにNMOSで実績を積んできた発熱体基板の層構成や膜厚はCMOSでは完全に再現できず,特に蓄熱層であるSiO膜の膜厚を薄くしなければならなかった.蓄熱層が薄くなれば当然インクへの熱伝達を保つためには投入エネルギーを大きくする必要があり,それなりのヒートシンクサイズが必要になる.しかし事業部長下のタスクの唯一の提案となってしまった小さなヒートシンクサイズは[憲法]となってしまっていた.小さいヒートシンクに大きなエネルギー投入,何が起こるかといえば,寿命への影響,ヘッド昇温による画質変化.この問題もまた私のヘッドチームが背負わされることになった.
対応にはこれまた苦労の連続だったが,バンド内で駆動条件を切り替える新規な駆動方法を考案し,特許化して採用し,寿命もぎりぎりの方策で達成できた.
寿命達成のための方策で電源の安定幅を狭く要求したのだが,皮肉なことに要求先の電気屋さんはあのタスクのリーダーだった.そしてその時にそのリーダーが私に言った言葉が今でも忘れられない.「お前らがバカだから,俺たちまで苦労させられる」
「その言葉はあなたに言いたい」と言いたかったが,言わなかった.私が強い技術者になった瞬間である.
posted by インクジェット at 09:12| Comment(0) | インクジェット