2021年04月13日

インクジェットトリビア(3):サーマルインクジェットという単語

キヤノンが「バブルジェット」と呼ぶ方式は,学会等では一般的に「サーマルインクジェット」という名称が使われる.同じ方式で使われる「バブルジェット」はキヤノンが保有する商標である.
インクジェットにある程度精通した人なら,サーマルインクジェットとバブルジェットは同じ方式であることを理解しているが,中途半端なWEBや雑誌記事にはわざわざ別方式と分類しているものがある.何が違うのか聞いてみたいが,それはさておき.
「サーマルインクジェット」という言葉が初めて登場するのは,いつだろうか.これも私が調べた範囲であるが,最も古いのはキヤノンから出願された特許(特願昭55-129848)の請求項3にプリンタのプリントメカニズムとして「サーマルインクジェット」という言葉が記載されている.出願は昭和54年(1979年)であり,遠藤らによるキヤノンの最初の出願(特願昭52-118798)の2年後になる.
ちなみに英語表記の「Thermal Ink Jet」はキヤノン出願のUSP4,343,968に登場する.このUSPの出願は1980年であるが,優先権を主張している日本出願は上記の日本出願である.
さてバブルジェットが商標登録されたのは2003年(商標登録第4672134号)で,出願は2002年であり,わりと新しい.もちろん現在も継続して登録維持されている.
サーマルインクジェットの最初の特許に関するエピソードは,書籍にも記載し,セミナーや講演会でも話しているが,これまであまり話したことがない内容も含め,別な記事で改めて書いてみようと思う.
posted by インクジェット at 15:31| Comment(0) | インクジェット

2021年04月01日

仕様公開とビジネス

従来のメッシュベースではないボクセルベースの全く新しい3DデータフォーマットであるFAVを慶應義塾大学と共同研究し,仕様を策定して2016年に公開した(ver.1.0).
FAVに様々な3D情報を保持させることで,煩雑な処理を経ることなく3Dプリンタの能力を発揮できるため,3Dプリンタの一層の活用に貢献できると考えた.
FAVの仕様(3D物体の表現,情報管理)には様々な工夫,新しいアイデアを盛り込んでいるが,多くの人による活用(FAVを扱えるソフト,ハード開発含む)を阻害させないため,これら新しい工夫やアイデアに対しては特許を取らないことにした.
しかし社内においてお金(大学との共同研究費)や人をかけた共同研究成果を,特許を取らずに公開することに対しては,社内外から当然多くの疑問が寄せられた.これに対して私は以下の2つのビジネス戦略を説明し,疑問を寄せた人たちを納得させていた.
1つ目は2016年に公開した仕様は最初の基本仕様であり,次の仕様(新しい追加仕様)を策定して公開する前に,(仕様そのものではなく)その仕様を利用した技術を開発し,特許で抑えておく.すなわち新規仕様を策定する主導権は自社と共同研究で握り,新しい仕様を使った技術開発で他社より常に先行する.
2つ目はpdfという公開されている仕様でビジネスをしているAdobeを真似るという説明.ただ当時そう説明をしていたが,ほんとうにAdobeのビジネス戦術を詳細まで理解していたわけではなく,なんとなくpdfのようにFAVを標準3Dデータとして流通させ,FAVが流れるデータフローの中でビジネスチャンスを見つける(例えばFAVを3Dプリンタで使ったときに課金するなど),という説明をしていた.
pdfも今ではISOの標準になっているが,pdfに関してAdobeは多くの特許を取得しており,Adobeのpdf関連特許や著作権を利用したビジネス戦略の一部を最近知ることになった.
特許に関しては,pdf writerの特許を無償で譲渡するが(このためpdf化するフリーのツールが多数存在している),譲渡の条件としてpdf仕様に準拠した開発をすること,すなわちpdf仕様を勝手に拡張しないことを求めている.これは上述した仕様変更の主導権確保を,特許利用の条件というきちんとした形で担保したことになる.これにより競合はAdobeの特許の範囲でしか機能を作れず,Adobeとの差別化ができないことになる.
さらにpdf(仕様)には著作権があるため,第3者がpdfの仕様に準拠したwriterを開発することを(仕様の)著作権利用を許可する条件としている.
データフローの中での課金アイデアがFAVのビジネス利用の正しい戦術だったのか,またpdfでどこまでこのようなことを行っているのかまだよくわからないが,少なくとも仕様変更の主導権確保は知的財産を取得しても(利用しても)できることを学んだ.
ちなみにFAVは2019年にver1.1aをJIS登録し,デジュールとして標準化した.仕様の改変について責任の所在を明確にし,安心してFAVを活用してもらう狙いである.また,悪意のある第3者がFAVの名称を勝手に抑えてしまわないよう,商標登録を行った.
今は会社を離れ,FAVのビジネス活用を提案・実践する立場ではなくなったが,もともとの目的であった3Dプリンタの一層の活用の実現までにはまだまだ道半ばであり,これからも進めて行く.
posted by インクジェット at 12:23| Comment(0) | 標準化と特許

2021年03月26日

インクジェットトリビア(2):請求項の多い特許

インクジェット関連で一番請求項が多い特許は?
それはキヤノンから出願され登録された第3188524号である.サーマルインクジェットヘッド(発熱体の組成)に関する特許で,なんと請求項が272ある.(登録時も272の請求項のまま)
1992年に出願され,1997年に審査請求され2001年に登録された.その後2009年まで特許料,いわゆる年金が納付され維持されている.審査請求の際の費用は(2021年3月時点の価格であり,1997年ではもっと安い)
基本料金+4,000円×請求項の数
であるから,現在では13,800円+1,088,000円かかるわけで(毎年の年金も請求時よりは安いがそれなりに費用がかかる),よほど抑えておきたかった発明だったのだろうか,それとも製品に採用したのだろうか.しかし特許権が消滅する前に年金支払いを止め特許権は消滅している.
世の中にはもっと多くの請求項を持つ特許(正確には出願)があり,
特表2007-514472は,実に請求項が19,368もある.さすがに審査請求はされていない.(審査請求に7千万以上かかる)
posted by インクジェット at 16:34| Comment(0) | インクジェット

2021年03月20日

労働生産性

先日「脱ハンコ」推進に関する講演を聴講した.電子での本人認証(担保)手段のトレンドや,その中で最も信頼性が高いPKI(Public Key Infrastructure)の仕組みをよく知ることができたので,講演自体は有意義だった.
脱ハンコや可能で効率化につながるペーパーレスはぜひ進めるべきであり,そこに異議を唱えるつもりは全くない.
が,気になったのは「脱ハンコ」と日本の労働生産性の低さを結び付けたような,つまり日本の労働生産性が低いのは「ハンコ」や紙中心の働き方のせいである,と直接言わないまでもそういうストーリー仕立てにしていたこと.講演の最初の方で日本はOECD加盟国で21番目に労働生産性が低い(2018年)とデータを示し,次に世界でハンコを公的認証に使っている国は日本と台湾だけであると紹介し,そして最後に脱ハンコの話をすれば聞いている人はそういうストーリーで受け取ってしまうだろう.
確かに多くの日本での働き方は生産性を下げている.我々の世代だと[生産性]→[テキパキ働く]というイメージを抱きがちであり,世界的に見ても残業時間が多い日本は間違いなく生産性は悪い.
ただし[労働生産性]には[物的生産性]と[付加価値生産性]という2つの指標がある.生産量や販売金額を分子にした[物的生産性]であれば,たしかにいかに効率的に働くか,に近く,脱ハンコや残業短縮はこの指標を大きく上げそうである.しかし今,一般的に使われ,日本が低いと言われているのは[付加価値生産性]であり,この[付加価値生産性]の分子は付加価値額である.いかに付加価値を生み出すかが[労働生産性]なのである.[付加価値]とは限りなく[粗利]でありGDPであり,一人当たりのGDPが労働生産性である.
であるなら,IT産業をはじめとする粗利の大きいビジネス,あるいは成長している大きな市場で,日本の企業が台頭できていないことが日本の[労働生産性]が低い元凶であり,そこを変える,すなわち儲かるビジネス,市場でいかに日本が成功し存在感を示すかが,日本の[労働生産性]を向上させることにつながるのであり,ここでは[脱ハンコ]はそれほど重要な因子にはならないはずである.世界の中で[労働生産性]が低い,ということを最初に課題に持ってくるならそういう話をすべきであろう.
ところでハンコ文化を持つもうひとつの国,台湾の[労働生産性]はどうなっているのだろう.台湾はOECDに加盟していないので,数値が公表されることはないのでわからない.ハンコと同様に紙上での認証ということでは同じ仕組みのサインを使っている国,アメリカの[労働生産性]は第3位で日本の1.6倍である.アメリカでサインの電子化が進んでいるとしても,脱ハンコやペーパーレスだけではこの1.6倍の差を埋めることにはつながらないのではないだろうか.
posted by インクジェット at 11:40| Comment(0) | その他

2021年03月18日

インクジェットトリビア(1):ink jetという単語

インクジェットに関するトリビア(小ネタ)を時々紹介します.
(ネットで探せば見つけることができるネタもありますが)

まず最初は'ink jet'という言葉.
'ink jet'という言葉が一番最初に使われたのはいつでしょうか?
2008年に学会誌の解説記事を書いている中で,調べてみようと思ったのですが,会話で使われたとしたら調べようがありません.そこで当時,記録に残る特許や文献で最初に使われたのはいつなのか調べた事がありました.
私が調べた中で見つけた一番古い記録は,Winstonの静電吸引型の特許(USP 3,060,429)でした.この特許の本文中に'ink jet'という言葉が登場します.この特許が出願されたのは1958年5月16日です.それまでの特許ではLiquid Jetという言葉が使われていました.
20210318.jpg
最初に記事を書いたときには1962年のE. Ascoliの特許だと紹介しましたが,すぐにWinstonの特許が見つかり,書籍やその後の別な解説記事で訂正しました.
もし,もっと古い記録があれば教えてください.
posted by インクジェット at 16:00| Comment(0) | インクジェット