2021年04月01日

仕様公開とビジネス

従来のメッシュベースではないボクセルベースの全く新しい3DデータフォーマットであるFAVを慶應義塾大学と共同研究し,仕様を策定して2016年に公開した(ver.1.0).
FAVに様々な3D情報を保持させることで,煩雑な処理を経ることなく3Dプリンタの能力を発揮できるため,3Dプリンタの一層の活用に貢献できると考えた.
FAVの仕様(3D物体の表現,情報管理)には様々な工夫,新しいアイデアを盛り込んでいるが,多くの人による活用(FAVを扱えるソフト,ハード開発含む)を阻害させないため,これら新しい工夫やアイデアに対しては特許を取らないことにした.
しかし社内においてお金(大学との共同研究費)や人をかけた共同研究成果を,特許を取らずに公開することに対しては,社内外から当然多くの疑問が寄せられた.これに対して私は以下の2つのビジネス戦略を説明し,疑問を寄せた人たちを納得させていた.
1つ目は2016年に公開した仕様は最初の基本仕様であり,次の仕様(新しい追加仕様)を策定して公開する前に,(仕様そのものではなく)その仕様を利用した技術を開発し,特許で抑えておく.すなわち新規仕様を策定する主導権は自社と共同研究で握り,新しい仕様を使った技術開発で他社より常に先行する.
2つ目はpdfという公開されている仕様でビジネスをしているAdobeを真似るという説明.ただ当時そう説明をしていたが,ほんとうにAdobeのビジネス戦術を詳細まで理解していたわけではなく,なんとなくpdfのようにFAVを標準3Dデータとして流通させ,FAVが流れるデータフローの中でビジネスチャンスを見つける(例えばFAVを3Dプリンタで使ったときに課金するなど),という説明をしていた.
pdfも今ではISOの標準になっているが,pdfに関してAdobeは多くの特許を取得しており,Adobeのpdf関連特許や著作権を利用したビジネス戦略の一部を最近知ることになった.
特許に関しては,pdf writerの特許を無償で譲渡するが(このためpdf化するフリーのツールが多数存在している),譲渡の条件としてpdf仕様に準拠した開発をすること,すなわちpdf仕様を勝手に拡張しないことを求めている.これは上述した仕様変更の主導権確保を,特許利用の条件というきちんとした形で担保したことになる.これにより競合はAdobeの特許の範囲でしか機能を作れず,Adobeとの差別化ができないことになる.
さらにpdf(仕様)には著作権があるため,第3者がpdfの仕様に準拠したwriterを開発することを(仕様の)著作権利用を許可する条件としている.
データフローの中での課金アイデアがFAVのビジネス利用の正しい戦術だったのか,またpdfでどこまでこのようなことを行っているのかまだよくわからないが,少なくとも仕様変更の主導権確保は知的財産を取得しても(利用しても)できることを学んだ.
ちなみにFAVは2019年にver1.1aをJIS登録し,デジュールとして標準化した.仕様の改変について責任の所在を明確にし,安心してFAVを活用してもらう狙いである.また,悪意のある第3者がFAVの名称を勝手に抑えてしまわないよう,商標登録を行った.
今は会社を離れ,FAVのビジネス活用を提案・実践する立場ではなくなったが,もともとの目的であった3Dプリンタの一層の活用の実現までにはまだまだ道半ばであり,これからも進めて行く.
posted by インクジェット at 12:23| Comment(0) | 標準化と特許

2021年03月07日

医薬品と特許

今日は少し難しく,意見の分かれる話題を取り上げてみようと思う.
医薬品における特許の在り方である.
医療行為(手術や治療行為)については,見直しの要請があるものの現在でも特許の対象としない運用が一般的には行われている.
医薬品に関しては当然特許の対象であるが,時として(特に高額な医薬品に対しては),特許のあり方に対する意見が分かれるケースがあり,昨今の新型コロナウィルスに対するワクチンや,エイズ治療薬に対しては,「特許を認めるべき(特許を使う場合は相当の使用料を支払うべき)」と,「認めるべきではない(例外的に侵害を認めるべき)」というように意見が分かれた議論が高まっている.
「特許を認めるべき」という主張の骨子は,特許(特に独占的使用権)を認めなければ,莫大な投資をして新薬を開発するモチベーションがなくなり(営利企業の存在理由がなくなり),ひいては人類の健康に対する寄与ができなくということを言っていると思う.
一方,侵害を例外的に許すべき(特許を認めないのではなく,侵害を認めるという意見が多い)立場は,途上国の人々は(投資の回収額が上乗せられた)高額なオリジナルな医薬品は購入できないし,別な会社が製造するにしても高額な特許使用料を払えば医薬品も高額にならざるを得ない.だから特許侵害を例外的に認め,安く販売すべきだということを主張していると思う.
どちらの主張の骨子も理解できるので,法律上ということではなく,私の考えとしてはどちらか一方が正しく,どちらか一方が間違いとも言えない.
この意見対立の難しさを示す過去の事例として,フレミングがペニシリンの特許を取らなかったのは,広く普及させたいという考えに沿ったものだが,結果的には営利の見込みがなく,製造する企業がなかなか現れず普及が遅れたという歴史もある.
今のマスメディアの報道から伝わってくる議論は,どちらか一方の主張の可否を問うガチな議論のみで,たとえどちらかの主張に沿った結果になっても,両方の主張の骨子を満たすことはできない.
そこで私の意見は以下の通りである.そもそも特許法は「独占的に使用する」側面ばかり注目されるが,本来は「産業の発展」が目的であり,私は特許法の主旨について「発明内容を産業発展のために公開しなさい.その代わり一定期間の独占を認めます」と理解している.この理解に基づけば,いかなる侵害に対しても例外を認めてはいけない.そこで,相当の特許使用料を政府や国際機関(WHO等)が発明した会社に支払い,そして別の会社に譲渡して安く製造させれば(再生産品)良い.このやり方であれば製薬会社も,途上国での低価格化も両方の主張を満たせるのではないか.
ただしここでも問題はある.では,オリジナルな高額な薬を誰が買うのか.先進国であっても安い製薬を求めるだろう.製薬会社には特許使用料は入るかもしれないが,自社の薬は売れなくなる.
再生産の医薬は途上国でしか売れないようにし,先進国の人は途上国の人への貢献として高いオリジナルを買うしかないだろう.しかし,先進国にも貧困の問題はある.単に国で線引きすれば解決するものではない.私の意見もまだ問題を抱えているが,少なくとも現在行われている国で堺を引いた問題は解決できるのではないか.国内の貧困の差は特許法の議論ではなく,行政の課題として扱うべきではないだろうか.
みなさんはどう思われるだろうか.
posted by インクジェット at 11:47| Comment(0) | 標準化と特許