2021年06月09日

成功事例とエピソード

NHKのプロジェクトXの再放送を放映していた.VHS方式の家庭用VTR開発の回であった.プロジェクトXはいろいろ演出もあるのだろうが,技術者としていつもこの番組には素直に感動させられている.ただし技術の成功事例やエピソードは尊重し,登場する技術者には敬意を表するものの,テレビのプログラムとして感動するのであってそれほど自分に参考にできるものでもないし,することもない.
(この番組が感動的なのは,この番組のために作られたオープニングの「地上の星」とエンディングの「ヘッドライト・テールライト」がとても名曲で,耳に,そして心にも響くこともあるだろう.)

まず成功事例であるが,成功には様々な要因や舞台があり,我々に語られるのはそのほんの一部分である.我々が知り得る領域での成功ストーリーの裏,あるいはそれと密接な関わりのある語られない部分がどうであったのかがわからない中で,この成功ストーリーがそのまま他の事例に当てはまることはまずない.
また,語られる成功ストーリーでも,いくつもの選択,判断,分岐点があるが,成功事例はその来た道を後から振り返る1本道であり,それぞれの判断,分岐が「その事例では正しかった」というだけで,背景や状況が異なる別の事例で,同じ判断,分岐が正しいとは限らない.別な言い方をすれば,別の事例で,今度は最初から成功事例と同じ道を上ってきても,成功につながるとは限らない,いやつながらない.その逆,つまり成功事例で選択しなかった道を(事例が違えば全く同じ条件の分かれ道はないのだが)別な事例で選んでも,成功するかもしれない.なにしろ成功事例は後ろから後戻りした1本道だから,違う道を進んだ先は絶対に見えない.
そういう意味ではむしろ成功事例より失敗事例の方が,少しは役に立つかもしれない.失敗事例は多くの場合,これをやったらどんな事例でもだめだよね,というものがわりと多いからである.
会社にいたとき,職場の方が会社の予算で「成功事例集」のような書籍(10冊以上のシリーズものだった)を購入し,オフィスの書棚においていたが,一度たりとも手にしたことはなかった.
成功事例に似たものとしてエピソードがある.私が良く語るのは(ハンダごてが注射器にあたってインクが飛び出したという)キヤノンのバブルジェットの原理発明や,3Dプリンタ方式の1つである光造形の原理発明に至るエピソードである.
どれも嘘ではなく,事実をもとにしているが,時間関係や関わるそれぞれの事象との関係は,かなりデフォルメされていたり,はしょられていたり,後からの解釈が当時の状況のように語られる場合もある.
そういう自分も,(成功事例とは言えないかもしれないが)新しい3DデータフォーマットFAVの提案に至るエピソードについて様々なところで話をしているが,多少大げさなところがあることを認める.
でも,それは悪いことではないと思っているし,成功事例,特に世の中に大きく貢献した技術ではそれは許されるものだと思う.そのエピソードがその人の名前とともに語られることは,苦労して実現した技術者へのご褒美でもあるからである.
posted by インクジェット at 16:36| Comment(0) | Technology

2021年03月11日

目利き

「目利き」という言葉,あるいは存在は若い人にとってはなんか古臭い,ひと昔前のアナログな存在といった印象を持つかもしれない.
しかし価値が多様化し,スピードが求められる今の研究・開発にこそこの「目利き」の重要性が増してくると考える.
目利きの一般的な意味は辞書で調べて欲しい.私が考える目利きの役割,条件は以下の3つである.
@ある技術領域に精通しており,関連するテーマ,事象の価値を判断できる(する)
A精通している技術領域のトレンド等の分析により,将来予測ができ,新しいテーマを提案できる(する)
B直接知らない技術領域でも(自身の中で一般化された考え等により),関連するテーマ,事象の価値を推定(判断)できる(する)
一般的には@を目利きの役割・条件として理解される場合が多いであろう.しかし,それを次のステップに積極的に移す役割Aも担うべきである.そしてBについて・・・
ステージゲートなどで研究フェーズを管理する場合,その研究テーマの進捗状況と価値から次のフェーズに進めるべきかどうかの判断が求められる.フェーズ判断においてはこれまたよくあるケースで,研究が生み出す,あるいは獲得できる市場規模(金額)が求められるが,その研究テーマが全く新しい価値を生み,既存市場がない場合,判断する人はほんとうにその研究の「スジ」の良し悪しが判断できるだろうか.このように自分の専門外,既存市場がない領域での研究の価値判断を期待されるのが(できるのが)目利きである.それまでの経験等からの[勘][嗅覚]と表現すべきか,ある程度の高い確率でその判断をしなければならず,できるのが「目利き」である.
かつて社内で目利きの発掘,活用について幾度と提言をしてきたが,残念ながら実現されたことはない.それが会社を辞める1年前,突如研究全体を統括する組織のあるイベントで,「目利き」制度を具現化する,という話が紹介された.ある程度は期待をしてその内容を聞いて唖然としてしまった.10余りの技術領域で「目利き」として紹介された人々は(全員を知っていたわけではないが),いわゆるその技術領域に良くアクセスしている,担当者であり,上記条件@にさえ該当していなかった.その後会社を辞めるまでその目利き制度についての話題や活動はいっさい聞いたことがなかったのは,単に施策の目玉としてぶちまけただけなのか,設置したものの実際に機能しなかったのか,はたまた目利きの意味を知らずに提案しただけなのかはわからないし,会社を辞めた現在の状況はなおわからない.しかし新しい事業創出に苦戦してきたこの会社の過去は,残念ながら今後も続きそうな予感がしている.
posted by インクジェット at 14:11| Comment(0) | Technology

2020年12月30日

ポートフォリオ

先日購入した「全体主義の克服」を昨日から読み始めた.まだ1/4しか読んでいないが,対談の冒頭のテーマにもなっている今の「全体主義」を形成してしまっているのは,実は国民の行動そのものである,という投げかけに同感.以前から言葉は違えど,同じことを考えていたから.でもそれに気づいていない人,それを変えたいと思っていない人も多いとも思っていた.残り3/4のページの中でそういった懸念に対するヒントが出てくることを期待したい.また,読むうえで自分の考えを整理するために,ここでもポートフォリオを作ってみた.
20201230_01.jpg
これをベースに読み続けてみようと思う.
昔はいい加減な軸と評価で記載されたように見えたポートフォリオをばかにしていたが,最近5年は考えを整理する上で良く活用している.
posted by インクジェット at 11:35| Comment(0) | Technology

2019年05月19日

Gutenberg Prize

Great Achievements and contributions to inkjet technologies and evolution concept to Three-dimensional technologies
2019年のJohann Gutenberg PrizeをIS&Tから受賞しました.先頭に書いた文章が,受賞理由です.
インクジェットでの研究実績が認められたのも嬉しいですが,受賞理由に「3Dへの進化論」というのが入っているのが,なお嬉しい.
確かに過去,IS&TのJournalにも何本かの論文を出していますが,高いレベルの論文を出している人は他にもいます.自分なりに受賞できた理由を分析すれば,単に技術的なレベルの高さだけではなく,インクジェット技術全体をMOT的に俯瞰した研究者・技術者は非常にユニークなんだと思います.もちろんMOTの研究者がインクジェットをテーマーに取り上げて論じることは時々見られますが,インクジェット側からそういう見方をしたのはまれだと思うし,さらに分析するだけでなく,そこから導いた結論を自ら実践していることもインクジェット側にいるからこそできることだと思います.
グーテンベルクの発明した活版印刷は,革新的な技術であっただけでなく,その後ルネサンス拡大や宗教革命につながるなど,社会を大きく変える手段になりました.グーテンベルク賞の受賞は,これまでの私のインクジェット,3Dの研究成果が次につながるものだと評価されたのだと考えたいし,この先,社会を大きく変えていくところまで,研究活動に関わっていきなさい,という使命を与えられたものだと改めて感じました.
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2019年04月02日

和歌山(2)

革新的な技術を生み出しても,その技術が変える可能があるバリューチェーンやビジネスモデルにまで踏み込まなければ,起こる変化は限定的だと前回のブログで書いた.バリューチェーンに存在するプレイヤは自らそれを破壊する動き(革新的な技術の導入)を起こすことはまれであると.
インクジェット技術を「早い」,「きれい」,「安い」という既存プリント技術の評価軸で評価した場合,全ての軸で優位性を持っていれば代替は(時間はかかるが)いずれ起きる.しかし,これまでとは別の軸に価値が生まれる場合,たとえばオンデマンド対応(多品種,少量対応)という価値があったとしても,従来の価値軸での勝ち負けが重要な決め手になることは良くあることである.ましてや新しい価値がぼんやりとしかユーザー側に見えなければ,なおのこと代替は起きない.もう少し具体的な話をする.画質(堅牢性含む)に関し,既存の印刷を見ている人は,印刷と同じ画質であることを望む.それを最終顧客(クライアント,一般あるいは消費者)が望んでいると信じている.確かに長年の経験からその閾値を引いているから,全てにおいてそれが過剰だとは言えない.市場で絶対に品質問題を起こしてはいけないから,閾値を高くしているのも理解できる.しかし,単に横並び意識が強いだけであるなら,もっと閾値を下げても大きな問題にならないことも現実にはある.
技術の提供者が最終顧客にもなり得る立場であれば,少しばかり冒険が出来る(閾値を下げる)ないだろか.また,新規技術を導入する際に,妥協できる軸も良く理解しているのではないか.花王はインクジェットの技術提供者でもあり,それを享受するユーザーでもある.他が出来ない大胆な試みを期待するし,それが花王へのチャンスにもつながると思っている.
https://www.inkcube.org
posted by インクジェット at 14:38| Comment(0) | Technology