2021年04月25日

何故日本で3Dプリンタが活用されないのか

日本画像学会誌の8月号で3Dプリンターの特集が組まれる.この特集の企画に参画したが,昨年12月の関西シンポジウムで講演した内容をい中心に,自らも解説記事を書くことになった.
ここではこの解説記事の一部であり,「おわりに」記述した表記タイトルに関する文章を以下に記載する.
これまで3Dプリンターに関する講演を行うと「何故,日本は海外に比べ3Dプリンターの活用が遅れているのか?」と聞かれることがある.確かに各種調査による日本の3Dプリンターの市場規模は他の市場,例えばインクジェットプリンター市場の日本と世界の差(割合)より圧倒的に大きな差があるし,Fig.1に示した「ものづくり」における活用Phaseでも欧米や中国の方が先行しているのは事実である.この問いに対する答えは1つではない.欧米に比べDIY文化が根付いていないとか,少量でも採算性が成立する宇宙・航空機などのビジネスが日本ではあまり育っていないというのもあるだろう.もうひとつ強く感じるのは従来製法との比較ではなく,3Dプリンターの特徴を訴求できるはずのビジネスへの進出が難しく,それは従来のチェーン型のサプライチェーンにどっぷりはまってしまい,そこに留まっている企業が多いことも理由の1つではないだろうか.ものづくりにおいて精度,コストはもちろん重要であるが,3章でも例示したようにそれを取り払える市場,アプリケーションの開拓に,サプライチェーンの上位から精度,コストを提示(指示)されて仕事をしているだけではなかなか乗り出せないだろう.チェーン型サプライチェーンにおける’ケイレツ’の陰の部分が現れているのかもしれない.この意味でも新しいプロジェクト型サプライチェーンを試行する価値があると思われる.
posted by インクジェット at 10:29| Comment(0) | 3Dプリンタ

2021年04月13日

インクジェットトリビア(3):サーマルインクジェットという単語

キヤノンが「バブルジェット」と呼ぶ方式は,学会等では一般的に「サーマルインクジェット」という名称が使われる.同じ方式で使われる「バブルジェット」はキヤノンが保有する商標である.
インクジェットにある程度精通した人なら,サーマルインクジェットとバブルジェットは同じ方式であることを理解しているが,中途半端なWEBや雑誌記事にはわざわざ別方式と分類しているものがある.何が違うのか聞いてみたいが,それはさておき.
「サーマルインクジェット」という言葉が初めて登場するのは,いつだろうか.これも私が調べた範囲であるが,最も古いのはキヤノンから出願された特許(特願昭55-129848)の請求項3にプリンタのプリントメカニズムとして「サーマルインクジェット」という言葉が記載されている.出願は昭和54年(1979年)であり,遠藤らによるキヤノンの最初の出願(特願昭52-118798)の2年後になる.
ちなみに英語表記の「Thermal Ink Jet」はキヤノン出願のUSP4,343,968に登場する.このUSPの出願は1980年であるが,優先権を主張している日本出願は上記の日本出願である.
さてバブルジェットが商標登録されたのは2003年(商標登録第4672134号)で,出願は2002年であり,わりと新しい.もちろん現在も継続して登録維持されている.
サーマルインクジェットの最初の特許に関するエピソードは,書籍にも記載し,セミナーや講演会でも話しているが,これまであまり話したことがない内容も含め,別な記事で改めて書いてみようと思う.
posted by インクジェット at 15:31| Comment(0) | インクジェット

2021年04月01日

仕様公開とビジネス

従来のメッシュベースではないボクセルベースの全く新しい3DデータフォーマットであるFAVを慶應義塾大学と共同研究し,仕様を策定して2016年に公開した(ver.1.0).
FAVに様々な3D情報を保持させることで,煩雑な処理を経ることなく3Dプリンタの能力を発揮できるため,3Dプリンタの一層の活用に貢献できると考えた.
FAVの仕様(3D物体の表現,情報管理)には様々な工夫,新しいアイデアを盛り込んでいるが,多くの人による活用(FAVを扱えるソフト,ハード開発含む)を阻害させないため,これら新しい工夫やアイデアに対しては特許を取らないことにした.
しかし社内においてお金(大学との共同研究費)や人をかけた共同研究成果を,特許を取らずに公開することに対しては,社内外から当然多くの疑問が寄せられた.これに対して私は以下の2つのビジネス戦略を説明し,疑問を寄せた人たちを納得させていた.
1つ目は2016年に公開した仕様は最初の基本仕様であり,次の仕様(新しい追加仕様)を策定して公開する前に,(仕様そのものではなく)その仕様を利用した技術を開発し,特許で抑えておく.すなわち新規仕様を策定する主導権は自社と共同研究で握り,新しい仕様を使った技術開発で他社より常に先行する.
2つ目はpdfという公開されている仕様でビジネスをしているAdobeを真似るという説明.ただ当時そう説明をしていたが,ほんとうにAdobeのビジネス戦術を詳細まで理解していたわけではなく,なんとなくpdfのようにFAVを標準3Dデータとして流通させ,FAVが流れるデータフローの中でビジネスチャンスを見つける(例えばFAVを3Dプリンタで使ったときに課金するなど),という説明をしていた.
pdfも今ではISOの標準になっているが,pdfに関してAdobeは多くの特許を取得しており,Adobeのpdf関連特許や著作権を利用したビジネス戦略の一部を最近知ることになった.
特許に関しては,pdf writerの特許を無償で譲渡するが(このためpdf化するフリーのツールが多数存在している),譲渡の条件としてpdf仕様に準拠した開発をすること,すなわちpdf仕様を勝手に拡張しないことを求めている.これは上述した仕様変更の主導権確保を,特許利用の条件というきちんとした形で担保したことになる.これにより競合はAdobeの特許の範囲でしか機能を作れず,Adobeとの差別化ができないことになる.
さらにpdf(仕様)には著作権があるため,第3者がpdfの仕様に準拠したwriterを開発することを(仕様の)著作権利用を許可する条件としている.
データフローの中での課金アイデアがFAVのビジネス利用の正しい戦術だったのか,またpdfでどこまでこのようなことを行っているのかまだよくわからないが,少なくとも仕様変更の主導権確保は知的財産を取得しても(利用しても)できることを学んだ.
ちなみにFAVは2019年にver1.1aをJIS登録し,デジュールとして標準化した.仕様の改変について責任の所在を明確にし,安心してFAVを活用してもらう狙いである.また,悪意のある第3者がFAVの名称を勝手に抑えてしまわないよう,商標登録を行った.
今は会社を離れ,FAVのビジネス活用を提案・実践する立場ではなくなったが,もともとの目的であった3Dプリンタの一層の活用の実現までにはまだまだ道半ばであり,これからも進めて行く.
posted by インクジェット at 12:23| Comment(0) | 標準化と特許