2021年03月26日

インクジェットトリビア(2):請求項の多い特許

インクジェット関連で一番請求項が多い特許は?
それはキヤノンから出願され登録された第3188524号である.サーマルインクジェットヘッド(発熱体の組成)に関する特許で,なんと請求項が272ある.(登録時も272の請求項のまま)
1992年に出願され,1997年に審査請求され2001年に登録された.その後2009年まで特許料,いわゆる年金が納付され維持されている.審査請求の際の費用は(2021年3月時点の価格であり,1997年ではもっと安い)
基本料金+4,000円×請求項の数
であるから,現在では13,800円+1,088,000円かかるわけで(毎年の年金も請求時よりは安いがそれなりに費用がかかる),よほど抑えておきたかった発明だったのだろうか,それとも製品に採用したのだろうか.しかし特許権が消滅する前に年金支払いを止め特許権は消滅している.
世の中にはもっと多くの請求項を持つ特許(正確には出願)があり,
特表2007-514472は,実に請求項が19,368もある.さすがに審査請求はされていない.(審査請求に7千万以上かかる)
posted by インクジェット at 16:34| Comment(0) | インクジェット

2021年03月20日

労働生産性

先日「脱ハンコ」推進に関する講演を聴講した.電子での本人認証(担保)手段のトレンドや,その中で最も信頼性が高いPKI(Public Key Infrastructure)の仕組みをよく知ることができたので,講演自体は有意義だった.
脱ハンコや可能で効率化につながるペーパーレスはぜひ進めるべきであり,そこに異議を唱えるつもりは全くない.
が,気になったのは「脱ハンコ」と日本の労働生産性の低さを結び付けたような,つまり日本の労働生産性が低いのは「ハンコ」や紙中心の働き方のせいである,と直接言わないまでもそういうストーリー仕立てにしていたこと.講演の最初の方で日本はOECD加盟国で21番目に労働生産性が低い(2018年)とデータを示し,次に世界でハンコを公的認証に使っている国は日本と台湾だけであると紹介し,そして最後に脱ハンコの話をすれば聞いている人はそういうストーリーで受け取ってしまうだろう.
確かに多くの日本での働き方は生産性を下げている.我々の世代だと[生産性]→[テキパキ働く]というイメージを抱きがちであり,世界的に見ても残業時間が多い日本は間違いなく生産性は悪い.
ただし[労働生産性]には[物的生産性]と[付加価値生産性]という2つの指標がある.生産量や販売金額を分子にした[物的生産性]であれば,たしかにいかに効率的に働くか,に近く,脱ハンコや残業短縮はこの指標を大きく上げそうである.しかし今,一般的に使われ,日本が低いと言われているのは[付加価値生産性]であり,この[付加価値生産性]の分子は付加価値額である.いかに付加価値を生み出すかが[労働生産性]なのである.[付加価値]とは限りなく[粗利]でありGDPであり,一人当たりのGDPが労働生産性である.
であるなら,IT産業をはじめとする粗利の大きいビジネス,あるいは成長している大きな市場で,日本の企業が台頭できていないことが日本の[労働生産性]が低い元凶であり,そこを変える,すなわち儲かるビジネス,市場でいかに日本が成功し存在感を示すかが,日本の[労働生産性]を向上させることにつながるのであり,ここでは[脱ハンコ]はそれほど重要な因子にはならないはずである.世界の中で[労働生産性]が低い,ということを最初に課題に持ってくるならそういう話をすべきであろう.
ところでハンコ文化を持つもうひとつの国,台湾の[労働生産性]はどうなっているのだろう.台湾はOECDに加盟していないので,数値が公表されることはないのでわからない.ハンコと同様に紙上での認証ということでは同じ仕組みのサインを使っている国,アメリカの[労働生産性]は第3位で日本の1.6倍である.アメリカでサインの電子化が進んでいるとしても,脱ハンコやペーパーレスだけではこの1.6倍の差を埋めることにはつながらないのではないだろうか.
posted by インクジェット at 11:40| Comment(0) | その他

2021年03月18日

インクジェットトリビア(1):ink jetという単語

インクジェットに関するトリビア(小ネタ)を時々紹介します.
(ネットで探せば見つけることができるネタもありますが)

まず最初は'ink jet'という言葉.
'ink jet'という言葉が一番最初に使われたのはいつでしょうか?
2008年に学会誌の解説記事を書いている中で,調べてみようと思ったのですが,会話で使われたとしたら調べようがありません.そこで当時,記録に残る特許や文献で最初に使われたのはいつなのか調べた事がありました.
私が調べた中で見つけた一番古い記録は,Winstonの静電吸引型の特許(USP 3,060,429)でした.この特許の本文中に'ink jet'という言葉が登場します.この特許が出願されたのは1958年5月16日です.それまでの特許ではLiquid Jetという言葉が使われていました.
20210318.jpg
最初に記事を書いたときには1962年のE. Ascoliの特許だと紹介しましたが,すぐにWinstonの特許が見つかり,書籍やその後の別な解説記事で訂正しました.
もし,もっと古い記録があれば教えてください.
posted by インクジェット at 16:00| Comment(0) | インクジェット

2021年03月11日

目利き

「目利き」という言葉,あるいは存在は若い人にとってはなんか古臭い,ひと昔前のアナログな存在といった印象を持つかもしれない.
しかし価値が多様化し,スピードが求められる今の研究・開発にこそこの「目利き」の重要性が増してくると考える.
目利きの一般的な意味は辞書で調べて欲しい.私が考える目利きの役割,条件は以下の3つである.
@ある技術領域に精通しており,関連するテーマ,事象の価値を判断できる(する)
A精通している技術領域のトレンド等の分析により,将来予測ができ,新しいテーマを提案できる(する)
B直接知らない技術領域でも(自身の中で一般化された考え等により),関連するテーマ,事象の価値を推定(判断)できる(する)
一般的には@を目利きの役割・条件として理解される場合が多いであろう.しかし,それを次のステップに積極的に移す役割Aも担うべきである.そしてBについて・・・
ステージゲートなどで研究フェーズを管理する場合,その研究テーマの進捗状況と価値から次のフェーズに進めるべきかどうかの判断が求められる.フェーズ判断においてはこれまたよくあるケースで,研究が生み出す,あるいは獲得できる市場規模(金額)が求められるが,その研究テーマが全く新しい価値を生み,既存市場がない場合,判断する人はほんとうにその研究の「スジ」の良し悪しが判断できるだろうか.このように自分の専門外,既存市場がない領域での研究の価値判断を期待されるのが(できるのが)目利きである.それまでの経験等からの[勘][嗅覚]と表現すべきか,ある程度の高い確率でその判断をしなければならず,できるのが「目利き」である.
かつて社内で目利きの発掘,活用について幾度と提言をしてきたが,残念ながら実現されたことはない.それが会社を辞める1年前,突如研究全体を統括する組織のあるイベントで,「目利き」制度を具現化する,という話が紹介された.ある程度は期待をしてその内容を聞いて唖然としてしまった.10余りの技術領域で「目利き」として紹介された人々は(全員を知っていたわけではないが),いわゆるその技術領域に良くアクセスしている,担当者であり,上記条件@にさえ該当していなかった.その後会社を辞めるまでその目利き制度についての話題や活動はいっさい聞いたことがなかったのは,単に施策の目玉としてぶちまけただけなのか,設置したものの実際に機能しなかったのか,はたまた目利きの意味を知らずに提案しただけなのかはわからないし,会社を辞めた現在の状況はなおわからない.しかし新しい事業創出に苦戦してきたこの会社の過去は,残念ながら今後も続きそうな予感がしている.
posted by インクジェット at 14:11| Comment(0) | Technology

2021年03月07日

医薬品と特許

今日は少し難しく,意見の分かれる話題を取り上げてみようと思う.
医薬品における特許の在り方である.
医療行為(手術や治療行為)については,見直しの要請があるものの現在でも特許の対象としない運用が一般的には行われている.
医薬品に関しては当然特許の対象であるが,時として(特に高額な医薬品に対しては),特許のあり方に対する意見が分かれるケースがあり,昨今の新型コロナウィルスに対するワクチンや,エイズ治療薬に対しては,「特許を認めるべき(特許を使う場合は相当の使用料を支払うべき)」と,「認めるべきではない(例外的に侵害を認めるべき)」というように意見が分かれた議論が高まっている.
「特許を認めるべき」という主張の骨子は,特許(特に独占的使用権)を認めなければ,莫大な投資をして新薬を開発するモチベーションがなくなり(営利企業の存在理由がなくなり),ひいては人類の健康に対する寄与ができなくということを言っていると思う.
一方,侵害を例外的に許すべき(特許を認めないのではなく,侵害を認めるという意見が多い)立場は,途上国の人々は(投資の回収額が上乗せられた)高額なオリジナルな医薬品は購入できないし,別な会社が製造するにしても高額な特許使用料を払えば医薬品も高額にならざるを得ない.だから特許侵害を例外的に認め,安く販売すべきだということを主張していると思う.
どちらの主張の骨子も理解できるので,法律上ということではなく,私の考えとしてはどちらか一方が正しく,どちらか一方が間違いとも言えない.
この意見対立の難しさを示す過去の事例として,フレミングがペニシリンの特許を取らなかったのは,広く普及させたいという考えに沿ったものだが,結果的には営利の見込みがなく,製造する企業がなかなか現れず普及が遅れたという歴史もある.
今のマスメディアの報道から伝わってくる議論は,どちらか一方の主張の可否を問うガチな議論のみで,たとえどちらかの主張に沿った結果になっても,両方の主張の骨子を満たすことはできない.
そこで私の意見は以下の通りである.そもそも特許法は「独占的に使用する」側面ばかり注目されるが,本来は「産業の発展」が目的であり,私は特許法の主旨について「発明内容を産業発展のために公開しなさい.その代わり一定期間の独占を認めます」と理解している.この理解に基づけば,いかなる侵害に対しても例外を認めてはいけない.そこで,相当の特許使用料を政府や国際機関(WHO等)が発明した会社に支払い,そして別の会社に譲渡して安く製造させれば(再生産品)良い.このやり方であれば製薬会社も,途上国での低価格化も両方の主張を満たせるのではないか.
ただしここでも問題はある.では,オリジナルな高額な薬を誰が買うのか.先進国であっても安い製薬を求めるだろう.製薬会社には特許使用料は入るかもしれないが,自社の薬は売れなくなる.
再生産の医薬は途上国でしか売れないようにし,先進国の人は途上国の人への貢献として高いオリジナルを買うしかないだろう.しかし,先進国にも貧困の問題はある.単に国で線引きすれば解決するものではない.私の意見もまだ問題を抱えているが,少なくとも現在行われている国で堺を引いた問題は解決できるのではないか.国内の貧困の差は特許法の議論ではなく,行政の課題として扱うべきではないだろうか.
みなさんはどう思われるだろうか.
posted by インクジェット at 11:47| Comment(0) | 標準化と特許