2021年06月18日

オーネゾルゲ数

今週,日本画像学会のICJ2021 Springを聴講した.
例年このコンファレンスは秋に関西で行われるもので,今年は秋に別の国際会議を開催するため,この時期にオンラインで開催した.
これまでこのコンファレンスにはインクジェットに関する発表は2〜3件程度しかなかったが,今年は招待や記念講演を含めれば13件の発表があり,全て関心を持って聞かせていただいた.発表者のみなさん,お疲れさまでした.
13件のうちいわゆる一般発表は10件であったが,特定の大学からの発表が多かったこともあり,シミュレーションや液滴吐出現象の解析に関する発表が多かった.
さて,今回の発表においてインクパラメータからなる無次元数のオーネゾルゲ数(Ohnesorge number)により,吐出現象を説明,特徴つける発表が2件あった.当日いくつか意見もありまだ課題はありそうだが,かなり関係付けができていた.続報を待ちたい.
インクジェットの研究にオーネゾルゲ数が使われているのを私が知ったのは,実はわりと最近である(もちろんレイノルズ数やウェーバー数を解析に使っていたのは古くから知っていたが).5年くらい前の海外の学会での発表で初めて聞き,あわてて参考文献などを取り寄せ多くの研究が行われているのを知った.オーネゾルゲ数は1936年にWolfgang von Ohnesorgeが発表した論文の中で用いた無次元数をのちにオーネゾルゲ数と呼び始めたらしいが,インクジェットの液滴吐出(連続噴射型も含め)に関し,この15年くらいで多くの発表が見られる.
前述したように私自身がオーネゾルゲ数に注目した研究自体を行ったことがないので,以下に述べるの内容には間違った解釈があるかもしれないが,指摘も歓迎するということで書いてみる.
オーネゾルゲ数で様々な吐出現象を説明する,あるいは吐出現象と関係付けることは学術的にはとても面白いし,これまでにない見方をすることができとても意義があると思う.
一方,もし吐出現象との関係を見出し,最適な吐出現象(例えばサテライトフリー)を発生するオーネゾルゲ数を推定し,そこからインク物性(設計)に活かそうとしているとすれば,方向自体は全く正しいのであるが,現実として難しいのではと感じる.
何故かといえば,インク物性のWindow(オーネゾルゲ数に含まれる粘度,表面張力,密度)のうち,例えばまだ80%位が未経験領域で,経験済の20%からこの関係を見出して,残り80%の領域から最適解を効率良く見つけ出す,というのなら意味があると思う.しかしそもそもインクジェットで吐出できる物性のWindowはそれほど広くなく(特にオンデマンド型で),これまでのインクジェットの研究,開発の歴史の中でほぼこのWindowの中のインクは実験的に作られ,オーネゾルゲ数の概念がなくとも正常な吐出ができる範囲で(他の要求特性も含め)サテライトフリー含む好ましい吐出状態を得るためのインク設計が行われているのではないだろうか.その結果が今のインクジェットの現状ではないだろうか(つまり他の特性を満足する中でのサテライトフリーなどの実現が困難である状況).
ぜひ,オーゲゾルネ数をインク設計,あるいはヘッド設計や駆動条件にどう活かすのか(活かせたのか),関わらせるのか(関わらせたのか)も含めた発表を今後期待したい.
posted by インクジェット at 10:16| Comment(0) | インクジェット

2021年06月09日

成功事例とエピソード

NHKのプロジェクトXの再放送を放映していた.VHS方式の家庭用VTR開発の回であった.プロジェクトXはいろいろ演出もあるのだろうが,技術者としていつもこの番組には素直に感動させられている.ただし技術の成功事例やエピソードは尊重し,登場する技術者には敬意を表するものの,テレビのプログラムとして感動するのであってそれほど自分に参考にできるものでもないし,することもない.
(この番組が感動的なのは,この番組のために作られたオープニングの「地上の星」とエンディングの「ヘッドライト・テールライト」がとても名曲で,耳に,そして心にも響くこともあるだろう.)

まず成功事例であるが,成功には様々な要因や舞台があり,我々に語られるのはそのほんの一部分である.我々が知り得る領域での成功ストーリーの裏,あるいはそれと密接な関わりのある語られない部分がどうであったのかがわからない中で,この成功ストーリーがそのまま他の事例に当てはまることはまずない.
また,語られる成功ストーリーでも,いくつもの選択,判断,分岐点があるが,成功事例はその来た道を後から振り返る1本道であり,それぞれの判断,分岐が「その事例では正しかった」というだけで,背景や状況が異なる別の事例で,同じ判断,分岐が正しいとは限らない.別な言い方をすれば,別の事例で,今度は最初から成功事例と同じ道を上ってきても,成功につながるとは限らない,いやつながらない.その逆,つまり成功事例で選択しなかった道を(事例が違えば全く同じ条件の分かれ道はないのだが)別な事例で選んでも,成功するかもしれいない.なにしろ成功事例は後ろから後戻りした1本道だから,違う道を進んだ先は絶対に見えない.
そういう意味ではむしろ成功事例より失敗事例の方が,少しは役に立つかもしれない.失敗事例は多くの場合,これをやったらどんな事例でもだめだよね,というものがわりと多いからである.
会社にいたとき,職場の方が会社の予算で「成功事例集」のような書籍(10冊以上のシリーズものだった)を購入し,オフィスの書棚においていたが,一度たりとも手にしたことはなかった.
成功事例に似たものとしてエピソードがある.私が良く語るのは(ハンダごてが注射器にあたってインクが飛び出したという)キヤノンのバブルジェットの原理発明や,3Dプリンタ方式の1つである光造形の原理発明に至るエピソードである.
どれも嘘ではなく,事実をもとにしているが,時間関係や関わるそれぞれの事象との関係は,かなりデフォルメされていたり,はしょられていたり,後からの解釈が当時の状況のように語られる場合もある.
そういう自分も,(成功事例とは言えないかもしれないが)新しい3DデータフォーマットFAVの提案に至るエピソードについて様々なところで話をしているが,多少大げさなところがあることを認める.
でも,それは悪いことではないと思っているし,成功事例,特に世の中に大きく貢献した技術ではそれは許されるものだと思う.そのエピソードがその人の名前とともに語られることは,苦労して実現した技術者へのご褒美でもあるからである.
posted by インクジェット at 16:36| Comment(0) | Technology

2021年06月01日

誰のための報告?

どんな組織でも報告,あるいは提案をする機会は多い.
特に記憶に残る私の体験で,研究成果である新しい技術で新しい事業を起こすための事業プランやそのための組織,人材獲得を研究所を束ねる運営体に提案した時のことである.
同じ提案内容を,様々な機会で様々な人に話をしてもその価値を必ず理解していただいていたので,非常にわかりやすい内容だと思っていた.
しかし,運営体の何人かには全く理解していただけず,質問もあまり的確でなかったと思う.どうしても前に進めたい案件であり,その後何度か説明,提案の機会を得たが,結局キーマンである彼らの理解を得ることはできず,前に進めることもできなかった.

さて,報告,あるいは提案をする場面では,
@報告者が,報告先に理解してほしい場合(提案を了解していただきたい場合)
A報告を受ける人が,報告者に報告を求めた(聞きたい)場合(提案を求めている場合)
がある.もちろん両方の場合もある.上記私のケースも,新規事業提案を求める側面と,私が了解を得たい両面がある.

基本的に報告者と報告先との関係には上下関係がつきものであり,これにより本来の報告の目的がおかしくなることがある.
@のケースでは,聞く人(報告先)にわからせることが目的であるから,報告する人が相手がわかるように話す必要があり,わかるような資料を準備する責任がある.聞く人がわからない場合も,当然報告者が聞き手の状況を理解した上で,理解できるような最大限の努力をすべきである(資料の準備は言葉の説明など).
Aのケースの目的は,報告を受ける側が聞きたいのだから,話がわからない場合は,聞くほうも努力すべきである.あるいは事前に聞きたい要点をしっかり伝え,本当に必要な資料を用意させるなど,聞きたい話を引き出す努力が必要.
往々にしてAのケースであるにも関わらず,わからない上司が,「なんでこんな資料をもってくるんだ,俺が聞きたいのはこんな話じゃない」と怒っているのを見かけるが,これはおかしい.自分の聞きたいことが相手に十分伝わっておらず,報告者がこれを聞きたいのだろうと持ってきたものを違うと怒るくらいなら,事前にちゃんと伝えておくべきである.
話し手の方が十分に事前に聞きたいことを確認すべきという指摘もできるが,それは上下関係が関わるからでありほんとうはおかしいと思う.
posted by インクジェット at 15:58| Comment(0) | その他

2021年05月26日

責任をとる

今も昔も「責任を取る」とか「すべて私に責任がある」とか言った人が,なるほど責任をとったね,と納得する場面やケースをほとんど見たことがない.
もちろん「責任を取る」とはどういうことか,ケースによっても異なるし,人によっても意見が異なるだろう.
それなりの地位や役職についている人は,その責務を辞任することで[責任を取った]とみなされる場合もあるし,自ら辞することで[責任を取った」という人もいるだろう.
もちろん正しくないことが起きてしまった場合の結果として,辞めることは当然あるべきであるが,辞めることですべての責任をとったことになるのだろうか.

失敗や問題の原因,自分の行動,decisionのどこが間違っていたのか,何故間違っていたのかを,関係者のまえでReviewすることこそが,責任の取り方として重要な方法の1つではないだろうか.
自分のDecisionが間違っていても,そのときの状況で最善の結果として選択したことが理解されれば,モラルの低下も最低限で抑えられる.そうではなく明らかに選択のための認識の浅さ,間違いなどがあったのかどうかもReviewで明らかになるだろう.
会社にいた時も多くの間違いを見てきたし,「責任は私にある」,というのを聞いたこともある.しかしそういったReviewを見たことがない.終わったことを振り返るのが前向きでないという批判はあたらない.特に会社ではいっしょに進んできた仲間,メンバーは多くは今後も同じ会社で仕事をする.こういったReviewがされないで,失敗がくりかえされるとモラルの低下は著しい.もっとも「私に責任がある」といった人も非常にまれであったが.
posted by インクジェット at 15:53| Comment(0) | その他

2021年05月06日

削除した「ものづくり補助金」

学会誌8月号の3Dプリンタ特集向けの解説記事の締め切り前に,全文を読み返してみた.
その結果,最後のまとめに記載した以下の文章を悩んだあげく,削除することにした.
まずは削除した文章を以下に紹介する.
-----------------
中小企業向けの‘ものづくり補助金’を活用した3Dプリンターの導入のためのセミナーや申請サポートが行われている.これにより3Dプリンターの設置台数が増えたことは前向きに捉えるべきである.しかし単に従来製法やプロセスの置き換え手段としてのみを導入目的に捉えてしまうと,従来との比較の中でいつのまにか埃を被ってしまう例が多いと聞く.3Dプリンターの活用に向けた取り組みまで踏み込んだサポートや,啓蒙も併せて行う必要があるのではないだろうか.
-----------------
この文章は,4/25のブログで紹介した「なぜ日本で3Dプリンタの活用が進まないか」の文章に続いて書いたものである.補助金で導入したものの,使われていないケースがあることは様々なところから聞いていたので,ぜひ,書いておきたかった.しかし最終的に削除した理由は
1. データがない.活用されていない例がドキュメントになっているものがあればそれを参考文献とすることができたが,ネットにあるのはうまくいった事例やいいことを謳った宣伝ばかり.
2. 解説記事では様々な問題点や活用のための課題を取り上げているが,個別の事案(ここではものづくり補助金)を取り上げる内容にしていないので,少し違和感あり.
3. 画像学会の関係する会社に,補助金申請やサポートをビジネスにしている会社も多いので,上記2つの理由もあり,無理をしないことにした.
しかし,間違った見方ではないと思っているので,この解説記事に関する講演の機会があれば,そこでは強く訴えたいと思う.
posted by インクジェット at 09:23| Comment(0) | 3Dプリンタ